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2015年9月

2015年9月23日

井筒の禅の哲学 (井筒俊彦『禅仏教の哲学に向けて』)

井筒の英文著作の初邦訳。井筒は禅の哲学化を試みた。
本書で禅の悟りも論じる。それを三段階に分ける。
まず、日常生活の主客分節世界。つまり、私とあなたは違うという普段の生活。次に、自己と自然との一体化の無分節世界。これは自分と自然との境がなくなる世界。一般にこの境地だけが悟りだと思われているだろう。第三に、無分節体験から日常世界への帰還。この帰ってきたところまでで初めて悟りになると言う。

その禅仏教の名高い文献に『碧巌録』(へきがんろく)がある。碧い巌の記録。11世紀の宋代。編者は圜悟(えんご)。1125年編纂。『無門関』に並ぶ書。
文献で禅を知るには『碧巌録』は外せないと思った。禅は言葉よりも体得だと思う。だが、禅僧ではない自分にとって、禅を知るにはこの書が必要だろう。そう、井筒のこの著作から受け取った。
井筒の「禅の哲学」は自分には分からない所が多々あるが、分かりたいという氣持ちにさせてくれる。もしかしたら、これでいくばくかでも何かつかめるのではないかと思わせてくれる。井筒哲学にはそんな魅力がある。井筒哲学は東洋思想を魅力的に示してくれる。

井筒が日本語で書いた禅についての論考がすでにある。井筒が論文を日本語ばかりで書くようになったのは、ある程度の年齢を経てからになる。そのため、若い頃は外国語の論文が多かったようだ。日本では彼の著書は日本語で書かれたものが先に出版された。本書はその禅の論文と内容が重なる部分もあるが、大方はその日本語論文の以前に、英語で書かれた。そのため、本人がまだ未熟な論考だと思った節もあるらしい。それを加味しても、本書は井筒の「禅の哲学」としてまとまった著書になっている。井筒の禅の見方の概要をこの書で知ることができる。


(井筒俊彦『禅仏教の哲学に向けて』野平宗弘訳、ぷねうま舎)

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