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2013年2月 8日

時代を経ても (東野圭吾『手紙』)

以前に東野圭吾の『手紙』を読みました。彼の作品は何冊か読みましたが、この作品は出色の出来だと思います。感動しました。これは映画にもなりました。原作の映画化は他の作品でもよくあります。大抵は原作の方が面白いと思います。僕は『手紙』を読んでから、その映画も観ました。やはりこれも例外ではなく、原作の方が面白かったです。映画はだいたい二時間前後の制約があります。その限られた中に原作の世界を詰め込むには、厳しいものがあるのかもしれません。と言いつつ、結局その映画でも感動したのですが。とにかく、逆に言えば、それだけ原作の『手紙』は人の心に良く訴えるものがあるのでしょう。これを読んだときは面白くてすぐに読み終えました。

内容は社会派小説です。犯罪加害者の弟が主人公で、犯罪者の兄のために弟は世間から差別を受ける話です。露骨な差別ではありませんが、身内に犯罪者がいることを知った人は自然と離れていきます。なかにはそれを知りながら離れない人もいます。ですが、そういう人は少ないです。本人に落ち度は全くないのに。様々な出会いと別れ。リアルな人間模様。読み出したらやめられなくなります。主人公の設定の目の付け所の良さ。次々と読みたくなる作者の筆力。この単行本の帯にはこんな惹句があります。「あなたが彼ならどうしますか?あなたは彼に何をしてあげられますか?」このように考えさせる内容でもあります。

現実の殺人事件は、最初はテレビなどで報じられますが、その後の関係者がどうなったのかは伝えられません。世間の人々もそれぞれ自分の生活があります。事件などの報道も毎日次々と新しい知らせが続き、かつての殺人事件は世間の記憶の隅に追いやられます。ですが、事件の当事者にもその後の人生があります。その関係者はその事件を忘れることはできないでしょう。ずっと引きずると思います。東野圭吾はこの『手紙』でその関係者の後の暮らしぶりを丹念につづります。一度事件が起きると、その後の関係者は実際にそうなるんだなと思わせる心理描写が見事です。

ちなみに、小説、エッセイ、哲学など、どの分野でもそうだと思いますが、作品によってはメモに取りたい言葉が次々と出てくる本もあれば、メモに取りたい言葉はあまりないけど面白い本もあると思います。どちらがいい、悪い、の問題ではありません。それぞれの本の個性の違いではないでしょうか。この『手紙』は後者でした。メモしたい言葉はありませんが感動する作品でした。もちろん、どれがメモに取りたい言葉かは読み手により様々でしょう。同じ人でも時間が経つと印象に残る言葉が変わってくるときもあります。同じ小説を何年も経ってから読み直すと、前と違った印象を受ける話はよくあることです。それは映画にも言えます。作品は変わっていないのに、前と印象が違うということは、時代や自分の内面が変わったのだと思います。

この『手紙』は次々と読ませるエンタテイメント性と、考えさせるテーマを持った文学性を兼ね備えた、上質な作品だと思います。これはいっときのはやりで終わってほしくない、時代を経ても読み継がれていってほしい作品です。

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